3.漢字の中国、ハングル文字の韓国、漢字と仮名の日本 07/05/2021
私は学生時代に英語に没頭した後、30代でスペイン留学をし、40代から60代にかけて海外出張・勤務を重ね、結果として英語・スペイン語・韓国語・中国語・タイ語・タガログ語(フィリッピン語)を学び、現在は7か国語目としてミャンマー語を学習中です。もちろんすべての言語を完全に身に着けたわけではなく、その後遠ざかってしまいかなりの部分を忘れてしまった言語もありますが、英語・スペイン語・韓国語は現在でもプライベートから仕事まで何でもこなしている私の基幹言語となっています。
語学を身に着けることは即自分の生きる世界を拡げる事です。 ひとたび多少なりともその国の言語を理解できるようになると、その国に出かけてもその国の人たちとの間に距離感がまるでなくなっているのに気付き驚きます。 逆に言うと、その国の言語を話さないでその国を理解し理解されその世界に浸れる訳はないのです。 形の上で万国共通語の英語で多少なりともコミュニケーションできたとしても、分厚いグロ-ブと手袋を何枚も重ねて手につけて愛しいと思っている人の手を握るようなものです。
さて、そんな中で学ぶ事になった韓国語ですが、他のどの言語とも異なる特徴がとても興味深く感じられました。 耳で聞いた時の難しさと、話す時の簡単さのコントラストとでも言いましょうか。 実は、文字の無かった朝鮮(地理的には朝鮮であり朝鮮語なのですが、ここでは韓国語と表記します)にハングル文字を作ったと言うことは後に大きな禍根を残す事になったと思っています。
まず中国語、韓国語、日本語を考えると、文化がかつてすべて大陸中国から流れて来た事がわかります。 それは漢字です。 この3国だけが世界で唯一漢字文化で結ばれた極めて緊密な文化基盤を持っている国なのに争いと問題が絶えないのは誠に悲しい事です。
さて主に政治に起因する問題はさておいて、この漢字文化を良く見てみると中国語はすべてが漢字だが、日本語ではひらがなが加えられて言語の発達史上ではより磨かれたと言ってもいいのではないかと思います。 つまり漢字は表意文字だが、ひらがなは表音文字なのです。 表意文字のかたまりの中国語より、大切でない(意味に直結しない)部分を表音文字で補ったのが日本語と言えます。 より実践的、現場での簡易性を考慮して磨かれた言語だと思います。
漢字の良さは各文字が意味を持っていることで、これは漢字がすべての世界の言語(文字)に誇れる超利点です。 しかし反面複雑で簡単な言葉や表現を含めすべてを漢字で表現しなければならない煩雑さが弱点と言えます。 これを見事にひらがなを補って漢字の利点を継承し生かしたのが日本語です。 (素晴らしい誇れる言語だと思います)
一方韓国語のハングル文字はどうか。 これは完全な表音文字なのです。 つまりひらがなと同じなのです。 すべての言葉をひらがなだけで書き表すことを想像してみてください。 とんでもないことだと思いませんか? たとえばここに書いている文章を全部ひらがなにしたら意味わかりますか? それがハングルの大きな弱点なのです。
英語もスペイン語も世の中のほとんどの言語は表音文字を使っているのですが、韓国の場合はちょっと事情が違います。 文字以前の言語の問題です。 中国語は漢字を並べてその発音を連ねたものです。 韓国語はその漢字の読み方(発音)が韓国式になまって変化した単語をベースに(口頭口語の世界で)作られたものです。(すべての漢字には中国式発音と韓国式発音があって似ているものもあればかなり異なるものもある)
ちょっと変わった物の見方かもしれませんが、韓国語で使われている単語の多くは中国語の漢字由来であり「自己発生的」ではないのです。 それを無理やり表意文字だけで表現する事になった韓国語が問題を抱えることになったのではないかと思います。
もちろん英語もスペイン語も表音文字で単語毎に意味を学習するしかないのですが、例えばラテン語系ならラテン語系でそれぞれの文化で話し言葉の表意文字が良く練られ、形容詞や名詞など独特な語尾を伴ったり(~tion、~sion、~cal、~ing、~mente・・・)しており、はるかに明確に単語が作られているように感じます。
さて、その漢字は日本に伝わってまたしても変化しています。 音読みが日本式にアレンジされた発音です。 日本ではさらに訓読みと言う発音が作られましたが、これはまったく日本独自の発音で日本語を豊かにしています。 (例えば「音」は中国語ではイン、韓国語ではウム、日本語音読みではオンです。 似てますね。 ところが日本語訓読みではオトとなるわけです。)
ここで注目すべきは、韓国語は中国語の漢字読みを韓国式に変えただけではないのです。 韓国で育った話し言葉は日本語とほとんど同じ文法(語順)を持っているのです。 より正しく言うなら韓国で育った話し言葉の文法(単語は中国由来の漢字語の韓国式読み)が日本に伝わったのです。 ただしその際に日本には漢字も伝えられ(ハングル誕生前の韓国では上流階級だけが漢字を学んでいた)、ひらがなで補われ日本語として完成した点が異なります。
ここで問題は漢字の特性である表意の喪失がハングル文字では起きてしまったことなのです。 それは15世紀に世宗大王が文字がない朝鮮に庶民が学びやすいように実際に話されている韓国語(漢字の韓国語式発音をベースにした話し言葉)をそのまま表音文字(ハングル文字)で書き記すことにしたからです。 この結果、庶民にはあっと言う間にハングル文字が広まったに違いありませんが、元となる漢字情報が失われてしまったのです。
話し言葉では困りません。 なぜなら困らないように言葉は話されている(作られている)からです。 しかし不自由はしているはずです。 漢字にはたくさんの同音異義語が存在するからです。 実際韓国語を勉強していて苦労するのは同音異義語が多い漢字の発音を(韓国式読みで)表記しているので、何の意味かはっきりしないことが多いのです。 文章の前後に意味で推測したりするのですが。
私が韓国語を勉強して本当に楽だと思ったのは、韓国語も日本語も先に述べたように文法がほぼ同一で語順が同じであるのに加え、同じ漢字文化なので、言いたい名詞や形容詞、動詞などすべて日本語で使う漢字を思い浮かべ、それらを韓国式読み(これはある程度韓国語に馴染んでいると大体どんな読み方をするか自然にわかるようになります)で発音すれば韓国語になるし、それらをハングル文字で表記すれば書くこともできるからでした。
可愛そうなのは韓国人です。 彼らが日本語を学ぶのは本当に大変だと思います。 以前の韓国では新聞を見てもハングルの間に(特に名詞に)結構漢字単語が挿入されていました。 日本語と同じように意味が明確になるからでしょう。 ところが年がたつにつれ、漢字を読める若者が減り、今ではすべてがハングル文字になってしまっています。 彼らが日本語を学ぶ時、元の漢字を知らないので、日本語の音読みも推測できず、ましてや訓読みなどは知る由もなく、大変な苦労が強いられるのです。 ひとつひとつ覚えるしかないのです。
面白い事象があります。 インターネット上で使える自動翻訳機です。 これに日本語を入力して韓国語翻訳をさせた時の翻訳精度は大変高く、文章としても完成度が大変高い場合が多いです。 他方、韓国語を入力して日本語翻訳させた時はそうは行かないのです。 特に同音異義語のところで誤訳が生じてしまう事が大変多いです。
興味深いのはこれだけ広まっている英語やスペイン語の方が日本語との間には遥かに誤訳が多いと言うことです。 日本語から韓国語に自動翻訳した完璧な結果には本当に驚かされますが、さもありなんです。
スカパー衛星TV放送でKBS(日本のNHK)のチャンネルがあります。 韓国ドラマの多くは日本語訳の字幕がつきます。このドラマ耳で聞いているだけだと意味がわからない部分があったりしますが、日本語字幕を見ていると、聞いている韓国語が頭の中で完全なハングルで文字で単語に置き換わるし、あたかも自分が100%その韓国語を聞き取って理解しているような錯覚に陥ります。 (当然字幕から目を離すとわからない部分が出てきたりします) この文法が同じ(語順が同じ)と言うことと、漢字語の韓国式発音で喋られていると言うことにより、こんな事も起きる訳です。
話は前後しますが、韓国人にとってもこのままで良いのかどうか議論はあるのではないかと思います。 ひらがなだけの世界を思い浮かべてください。 失っている物が如何に多いかは日本人にはわかると思います。
一方韓国人は、特に若い世代の人達はそれに慣れ親しんでおり、それ以上を知らないので特に不自由と感じてないかもしれません。 世界でも稀有な表意文字の漢字。 ほんの一瞥をくれただけでわかる意味。 たくさんの同音異義語や似通った音の単語を明快に区分けできる力。 それを一番理解しているのは中国・韓国・日本の漢字圏3国の中でも末端の日本ではないかと思います。
最後になりますが、私は語学を専門に研究した学者ではないし、言語学を専攻した学生でもなく、すべて自己流で複数の言語に親しんできた人間に過ぎません。 したがっておそらくここに述べた事の中には主観的で誤解に基づいた説明もあるかもしれませんが、その点ご容赦くださるようお願い致します。